研究概要ABOUT
「平等」は近代民主主義社会にとって最も重要な価値の1つであり、政治運営、政策形成における争点であり続けてきました。資本主義と社会主義とのイデオロギー対立も、平等をめぐる対立とみることができます。そして今もなお、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)の1つに、人や国の不平等をなくすことが掲げられているように、今日の重要な社会課題です。
近年の政治・社会情勢を振り返ると、東西冷戦終結後に加速したグローバリゼーションに伴い経済的自由主義が台頭し、国家の社会領域からの撤退とも相俟って、国家間および国家内の不平等を増幅してきました。また国際移動の活発化により各国で移民が増加しましたが、それにより排外主義などの傾向をもつ右派ポピュリズムの台頭を招きました。フランスの経済学者トマ・ピケティは、近著『資本とイデオロギー』で、格差は、自然に生じるものではなく、政治によって生み出されるものだとし、それを正当化するイデオロギーについて論じています。ここに不平等問題を解決するうえでの政治の役割の重要性が示唆されています。
日本の政治・社会に目を転じると、「55年体制」と呼ばれる自民党一党優位体制の下で、1960年代から驚異的な経済成長を遂げ、経済的に平準な「一億総中流」社会を実現したといわれます(ただし、男女差別や部落差別など、あらゆる社会的な不平等がなかったわけではありません)。しかし脱工業化、知識・情報集約型の経済の進展、経済成長の停滞などから、経済のグローバル化に対応するため、橋本龍太郎内閣や小泉純一郎内閣によって経済構造改革や規制緩和、財政再建など、「小さな政府」路線=経済的自由主義が進められ、その帰結として「格差社会」を生み出しました。安倍晋三内閣は、「アベノミクス」と呼ばれる一連の政策により、経済的自由主義と一線を画す政策を推進しました。もっとも、完全失業率は減少したが、社会・経済の不平等が解消されたわけではありません。
こうした社会状況の下、2000年代以降、不平等研究は社会科学の最重要テーマの1つとして、経済学や社会学を中心に進められてきました。しかし、政治学においては政治理論的考察、福祉や再分配政策の事例研究、あるいは社会的属性による政治参加の格差などの個別領域の研究に終始し、一般の市民がどのような価値をもち、それがどのように政策決定に関与するエリートに伝えられるのか、また、エリートの価値が政策の決定や執行のプロセスにどのように影響するのかといった政策形成の一連のプロセスに包括的に取り組む研究はみられません。
そこで本研究グループは、平等政策に携わるエリートの価値観と政策選好を明らかにするために、2017~21年度科学研究費・基盤研究(A)(一般)の助成をもとに、2018年度に政治家、官僚、財界リーダー、団体リーダー、マスメディアといった政治・経済・社会のエリートに対して平等観(平等認知、平等価値を包含する)を調査しました。
これは、1980年に三宅一郎神戸大学名誉教授らによる「エリートの平等観」調査を踏襲したものです。「エリートの平等観」調査は、経済的・社会的・政治的な平等の現状、理想、平等化政策への政府の役割に対する認識、さらにエリート集団の影響力評価や政治家・官僚・マスメディアへの接触度、支持政党、イデオロギーなども尋ねている。同様の項目を調査に入れて分析することで、約40年前と現在の日本のエリートの意識や政策選好、および権力構造や政策ネットワークの比較分析を行いました。この他、有権者に対する調査も併用し、エリートと市民との選好の距離も明らかにしました。
一連の研究の成果は、竹中佳彦・山本英弘・濱本真輔編『現代日本のエリートの平等観』明石書店(2021年12月)などにまとめられています。全体として、現代日本では、保守層とリベラル層における平等観と政策志向の対立が継続している一方で、社会に存在する価値が十分に政治的エリートに反映されていない可能性が示唆されました。
この研究を発展させるため、現在、2022~26年度科学研究費・基盤研究(A)(一般)の助成を受けています。そして、1)市民およびエリートのそれぞれについて、平等認知(経済的、文化的各側面)、公正観(分配、手続き/衡平、平等、必要)、イデオロギーといった要因からどのように平等に対する志向性や政策選好といった価値が形成されるのか、そのメカニズムの解明を目指しています。また、2)実際の政策形成において、各アクターの平等価値がどのように反映されているのかを明らかにします。具体的な政策過程において、平等観を背景にどのような協調/対立構造がみられるのか、アクター間の相互作用を経てそれがどのように実際の政策へと帰結するのかを明らかにします。
そのために、研究グループで実施したエリート調査の成果をふまえ、通常のサーベイ調査における質問項目の分析とともに、仮想的状況を設定したサーベイ実験等を導入し、どのような要因が各アクターの平等の価値観に影響を及ぼすのかを精緻に解明します。さらに平等観が政策形成にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにするために、平等をめぐる政策ネットワーク調査や政策過程における言説分析を行います。これらの一連の研究を総合し、現代日本の政策形成における平等という価値の位置づけを明確にすることを目指します。